CREST Project
Device Art Symposium "Which Came First, the Chicken or the Egg? -- The Relation Between Concept and Technology"
Presentation
by Hiroo Iwata


CRESTプロジェクト
デバイスアートシンポジウム 「タマゴが先か、ニワトリが先か?──コンセプトとテクノロジーの関係を考える」

プレゼンテーション:岩田洋夫
2006年6月21日@秋葉原UDX6F:カンファレンス・ルーム


1.1■岩田洋夫:プレゼンテーション

岩田:みなさん、こんにちわ。筑波大学の岩田です。唐突に「基盤技術」というお話をしたいと思いますが、「なぜ『基盤技術』なのか?」ということについて、デバイスとアートとコンセプトの関係から考えていきたいと思います。


1.1.1●なぜ基盤技術か?

“デバイスアート”という言葉自体は、昨年、プロジェクト提案をする時に無理矢理作った言葉で、それが「いいか/悪いか」については(先ほども質問が出たわけですけれど)ひとまずここでは置いておいて、それがどういう特徴があるのかということについて、まずお話ししていきます。

 いくつかの特徴がそこにはあるのですが、まず今日議論したい点としては、デバイスアートというものが、モノを作りながら作品の発想を膨らませたり、モノを作っている途中で新しいコンセプトがひらめく……そういうボトムアップなプロセスで作られているということが、大きな特徴だと思います。

 このようなボトムアップのアプローチをとる場合に重要なのは、限られた時間の中で、どのくらいたくさんの試行錯誤ができるか、ということがポイントになります。限られた時間の中で、よりたくさんの試行錯誤ができた方が、より豊かな発想が得られるわけです。

 たとえば何かひとつのモノを作って、そこから何かのアイディアが得られるということをやった場合に、そのモノができるまでにものすごく時間がかかった……たとえばその人の一生がかかってしまった、という場合、デバイスアートという発想は何も出ないです。

 最初にコンセプトがあって、それを一生かけて作るというスタイル、これは従来からあったと思います。ところがデバイスアートというものを現時点で定義するならば、「作っている途中でアイディアが浮かんできたりする」という特徴があるので、できあがるまでがなるべく早いほうがいいわけです。そのためには、モノ作りのための“generic technology”……「基盤技術」というものが必要になってくるわけです。


 一方、何で今日ここで、こういうシンポジウムができたかというと、実はこれは科学技術振興機構(JST)のプロジェクト予算から、予算が出ています。だから同時通訳を付けたりして、けっこうリッチにシンポジウムができるわけなのです。そのJSTのプロジェクトに、このデバイスアートが採択されて……このへんにいるパネリストのみんな(草原先生も入れて)その研究を行なう責任を負っているわけですけれど、このプロジェクトの全体的な戦略目標があって、それが「デジタルメディア作品の制作を支援する基盤技術」という、大きなテーマです。

 デジタル・コンテンツというのは、日本の国策として、今これから振興していこうということが声高に言われている今日この頃なのですけれど、そういった流れの中で、我々はデバイスアートというものを提案して、その基盤技術を作っていくことを目的として、これから5年間かけて、このプロジェクトを進めていくわけです。  ですから、こういったシンポジウムをやって、色々考えながら、最終的には「基盤技術とは何か?」ということに対して答えを出すことを目的としているわけです。


1.1.2●デバイスアート基盤技術へのアプローチ:『I/Oツールキット』

では、どういうことをやっているかというと……本当はクワクボリョウタさんが今日ここに来るはずだったのですが、ちょっと都合が悪いということで、代わりに私が紹介しておきますと、我々のプロジェクトというのは、基盤技術への具体的な装置を作っています。

 クワクボさんがやっている最近の仕事に『I/Oツールキット』と呼ばれるものがあります。なぜ彼がこのようなキットを作ったかというと、彼が多摩美に行って色々な作品制作の実習をするのですが、センサー類を使った作品(ハードウェア)を美大生に作らせると、まず最初にハンダ付けでつまずく、と。ハンダ付けがまともにできないから先に進めず、作品が最後までできない、というわけです。そういう問題を抜本的に解決できないかということを、彼は考えました。実習という限られた時間の中で有意義な体験をするためには、優れた開発技術が必要である、ということが彼の主張です。

 その具体的な提案として(画面にありますように)コネクタでカチャカチャと繋げていくと、色々な入力と出力の機能をもった、ある種のデバイスができあがるというわけです。ですからハンダ付けの技能がなかったとしても、色々なものが自由に作れる。コネクタの繋げ方を変えると、その機能も変わるわけです。例えば、パンと手をうつと明かりがつくとか……色々な組み合わせができるわけです。入力も、音のこともあれば、色々な場合があります。センサーが付いて、光が出たり、ブルブルと振動したり……そういう出力があって、それらを組み合わせると、色々な作品ができる。これはまだ始まったプロジェクトなのですけれど、なかなか有望なアイディアなのではないかと思います。


1.1.3●デバイスアート基盤技術へのアプローチ:「IOA」

もうひとつ、これは私の研究室で、主に矢野先生が中心になって長年進めてきたプロジェクトなのですが、『IOA』(Interaction-Oriented Architecture)という名前の基盤技術のひとつの例です。これはバーチャル・リアリティ・システムを構成する基本的機能をモジュール化して、再利用したり再構成することを、なるべく容易にやろうということを狙っています。

 実はその背景としては、美大の学生に教えようとする時のことと全く同じで、私の研究室に入ってくる学生も、最初は全くの素人なわけです。そうすると、さすがにハンダ付けはたぶんできると思うのですが、ちょっと複雑なシステムを組むとなると、やっぱり何もできないわけです。それで卒業研究の1年弱の間に、バーチャル・リアリティのちゃんと動くシステムを作るということは、相当ハードルが高いわけです。

 そこで、もともとある動作を検出するとか、例えばある動きを実現するとか、そういう基本的な機能がモジュールになっていたら、これはある程度の短期間でも、それなりにインタラクティブなシステムができあがるわけです。

 結局、あるセンサーを作るのに1年間かかってしまうことは……実際にはありますけど、そのモジュールがちゃんとしていれば、限られた時間ですむ。

 というわけで、ではどういうモジュールがあるかを整理したのが、この「図」でして、ちょっと説明するのが困難ではあるのですが……こちらに人間の動きを入力するセンサー(Sensor)が色々とあります。で、センサーが検出したものを認識するためのソフトウェアがこちら(Recognition Engine)にあって、これらはみんなモジュールです。そして、データを伝えるための通路(Data Path)があって、ここに「Interaction Server」と書いてあるのですが、入出力との関係で、ある入力が来たら、こういう出力を出す。たとえば力学のフィードバックだったら、手の動きを検出して、あるところまで来たら押し返す力が働く、こういうモーターが制御されているわけですね。その「押し返す力をどうするか?」というのを決めるのが、この「Interaction Server」。で、それを決めると、このときは色々なディスプレイが……視覚ディスプレイもあれば触覚のディスプレイもあるようですが……それに対してどういう力をつければいいかということをここで計算しておく。

 こういうモジュールを色々と用意して、それらを組み替えれば(クワクボさんの『I/Oツールキット』のように)色々な機能を簡単に実現できるはずだ、というわけですね。実際、どういうモジュールを作ればいいかは色々な研究要素があって、なかなか難しい問題もあるのですが、最終的にこういうものができあがってくれば、非常に高機能でインタラクティブなシステムを簡単に作ることができるという、それを狙っているわけです。


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1.1.4●CRESTプロジェクトがめざす基盤技術とは

我々のプロジェクトがめざす基盤技術とはどういうものか? 現時点で考えているのは、今紹介した2つの例を併せ持ったものであるというふうに、私はイメージしています。『I/Oツールキット』のように、初心者や美大生が使えるようなユーザビリティがあって、かつ『IOA』のように最先端の高度な機能を実現できるようなスケーラビリティがある。そういう機能モジュールを作ることが、基盤技術の方法として考えられるわけです。そういう基盤技術ができてくれば、先ほどの作品制作に応用した場合、より豊かな発想を生むための土壌になるのではないか、というのが、我々の出発点としてあります。


1.1.5●「デバイス」から生まれた「コンセプト」

今日のテーマである「コンセプト」の話ですけれど、「デバイスアート」ではデバイスがコンセプトの発生源であるというひとつの仮説があてられるわけです。その例として、私の作ったものをひとつ紹介します。これは『フローティング・アイ(Floating Eye)』【図1】【図1】クリックして拡大と呼ばれる作品なのですが、これ自体、実は一番最初の出発点にあったのは、没入ディスプレイ……人間の身体の回りを全部囲ってしまう、そういうディスプレイ・システムが、どこまで小型化できるかという技術的課題に対する挑戦だったのです。

 皆さん、没入ディスプレイの原理は知っていますよね? たいていは2.5立方メートルぐらいの映像の部屋の中に入るわけです。だいたい部屋とか体育館とか劇場ぐらいの場所が必要でしたが、それをどこまで小型化できるかということで色々と技術開発をした結果、直径60センチのヘルメットの内側に(映像を)映すことができた。それができれば、ヘルメット状のドームをかついで歩けるし、外にも行ける……そういうことを発見したわけです。

 それで、その映像を映す装置として、これが直径60センチのドーム・スクリーンなのですけど、飛行船に乗っているカメラはここに小さな凸面鏡があって、親指大のカメラがその下に付いていて、全方位映像のキャプチャリング・システムができるわけです。

 結局、これで何を体験できるかというと、自分の目があたかもここに飛んでいったかのような……幽体離脱みたいな、そういう「自分の目が身体を離れて、空を飛んでいく」ような体験です。これはある種の自分/自己というものの存在を再認識せざるを得ない。そういうコンセプトが最終的に出てきたわけであり、それが色々な人にインパクトを与えたわけです。


1.1.6●作者がコンセプトに気づかないこともある

これがデバイスアートのひとつの特徴なのですが、実はもっと変わった特徴があって、「もしかしたら作者自身がコンセプトに気がつかない、という場合もあるのではないか?」ということが、今日の問題提起です。

 ここにあるのが『ロボットタイル』【図2】【図2】クリックして拡大【図3】【図3】クリックして拡大と呼ばれる作品です。今年のメディア芸術祭で「デバイスアート展」というのを行なったのですが、そこで展示された作品でもありますが、実は『ロボットタイル』というのは、新しい「ロコモーション・インターフェイス(Locomotion Interface)」の技術デモンストレーターとして、歩く感じを作るための装置のひとつのコンプレメントだったわけです。それは今でもそうです。純然たる実験装置なのですが、一昨年の《SIGGRAPH》で展示した時、色々な人にインパクトを与え、特に芸術関係者の方にもかなり強い印象を与えたのです。

 これは草原先生を始め何人かの人に言われたのですが、そのタイルが必死に迎えに来るわけです。タイルがぐるぐる循環して、そぞろ歩きをするという仕掛けだったのですが、狙いとしてはそれがビュンビュン動いてグルグル回る筈でした。ところが、システムがなかなかそこまでいかなくて、ヨチヨチヨチヨチ……と帰るわけです。で、「ああ、落っこっちゃう!」と必死に支える、そういう動きを見せたところ、なぜか観る人の印象に残ったわけです。それを観る人は、このロボットが非常に「健気だ」と思ったんですね。

 ところが私自身には、そういう「健気なロボット」を作るつもりは全然なかった。本当は健気にやってほしくなくて、ビュンビュン動いてもらいたかったのに、システム的に難しかったので健気に見えてしまった。結果的に健気に見えてしまうわけです。依然として私は、それをコンセプトにしているつもりはないのですが、この点において非常に印象を持つ人がいた。これは非常に面白い現象だと思いました。


 もう1点、作者がコンセプトに気づかない例を挙げますと、これは今年のメディア芸術祭の大賞作『クロノス・プロジェクター(Khronos Projector)』という作品で、これは、変形するスクリーンを押すと、その深さに応じて、時間軸が変わる。つまり押したところだけ過去の映像が出るという作品で、たぶん皆さんの中にもご覧になった方は多いと思いますが、これも東京大学の石川正俊先生の研究室の大学院生アルバロ・カシネリ氏が作った、ほとんど実験装置なわけですね。

 たぶん大元は、そのプロジェクタの奥行きを計る位置検出のセンサーが、元ネタだったのではないかと思いますが、結果として「時間軸が変わる」ということが多くの人の心を捉え、審査員もその点を高く評価したわけです。

 でも、これを作った人は恐らくそういったアーテスティック・コンセプトを意識していなかったはずです。今でも本人たちは、そうは考えていないと思います。そのあたりから「アートか、アートでないか?」という議論も出てくると思うのですが、デバイスアートの特徴としては「作者自身がコンセプトを意識していない(気づかない)」ということが現象としてあるということを、ひとつ問題提起として指摘させていただきたいと思います。以上です。